いろいろな考え方があるとは思いますが、私はせふれを募集するときこそ、高望みをしながらパートナーを選ぶべきだと思うのです。せふれは恋人とはぜんぜん違う関係だから、セックスができる相手だったら誰でもいいという人は多いですが、私の考え方はむしろ真逆です。

男女のセックスって、相当極端なことではないですか?相当親密というか、深い関係を持っている相手でなければセックスしませんよね?まあ、このあたりの事情についても、特に最近ではいろいろと変化が出てきていて、ストレス解消のために、とりあえずセックスができる相手だったら誰でもいいという考え方に抵抗を感じなくなっている人もいるのかもしれませんが、私はセックスができる相手だったら誰でもいいという考え方に反対です。

セックスという行為は、男女関係においては本当に究極の行為だと思うので、自分が心の底から納得して好きになった相手としかセックスしたいとは思いません。セックスをする相手は高望みをして選ぶべきだという考え方自体、まったく間違っているとは思いません。私にとっては、せふれはこいびと探しとは全く違うのだから、とりあえずセックスができる相手だったら誰でもいいという考え方のほうが異常だと思えてしまいます。

もし、セフレ募集するする際は多少いい加減な気持ちでも構わないのいう考え方を持った人がいるとして、そういう人と出会い系サイトを通じて知り合ったとしても、私には決してそういう人とうまくいくとは思えないのです。世の中にはいろいろな人がいるので、当然のことながら価値観や性格も全く違います。だから、せふれを募集する際にはそれほど高望みしない、条件にこだわらないからとりあえずできるんだったら誰でもいいというふうに考える人を否定することはできないのかもしれません。

ところが、私にとって特に困るのは、セフレをいい加減な気持ちで募集したくないと考えている私と、せふれなんてセックスができる相手だったら誰でもいいという考えを持った人が出会い系サイトを利用して知り合ってしまうことなんです。確かに、二人ともせふれを募集しているということでは同じなのですが、同じセフレ希望者同士であっても、どういうふうにセフレを募集したいと考えているのかという部分が全く違うため、これは立派なミスマッチというものになります。

ある意味では、出会い系サイトを利用してまじめに恋人を募集したいと思っている人と、初めからセフレが目当てで出会い系サイトを利用している人以上に、この二人はうまくいかないかもしれないのです。

私は、誰でもいいからとりあえずセックスしまくりたい、そのためには出会い系サイトを利用してセフレを募集すればいいというふうには考えません。いくらセフレを募集する場合といっても、男女の関係を築くことには変わりがないので、思いっきり高望みをして相手を選びたいのです。別にあせって相手を探しているわけではないのです。

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